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コロコロ熱筆戦士列伝 WEB版Vol.2 のむらしんぼ先生


のむら しんぼ先生
1955年9月24日、北海道生まれ。
1988年『つるピカハゲ丸』で「小学館漫画賞」受賞。

人気キャラクターのいいとこ取りで
新しい個性が誕生した!!

「熱血!!コロコロ伝説」vol.6インタビューより続く

 ハゲ丸のキャラクターを作るとき、「主人公の顔を考えるときには、バッジにしやすい顔を考えるといい…」という編集者の言葉を思いだしながら考えました。子どもの頃から『オバQ』『おそ松くん』の大ファンだったこともあり、目をクリクリさせた読者に覚えられやすい顔、描きやすい顔を意識しました。まず、チビ太のハゲ頭…でも、つるっぱげじゃちょっと寂しいので、オバQの毛を3本…といった具合に、いろいろな人気キャラの部品をいただきながら、出来上がったのがハゲ丸です! 
  まんがのタイトルを考えたときは、『伊賀の影丸』が好きだったので、『カゲ丸』から『ハゲ丸』……そして最終的にぼくが提案したタイトルは『ザ・ハゲ丸』だったんです。そしたら担当の編集者が「『ハゲ丸』ってちょっと古くない?」って言うんです。なので、ぼくが「鶴田浩二も言ってるでしょ、古いモノこそ新しいというじゃございませんか――」って言い返したんですよ。まぁ、結局は、編集会議で“つるピカ”を付け加えて『つるピカハゲ丸』に決定したというわけなんです。

家族構成を作り、設定を固め…
ただガムシャラに描きました!

 『つるピカハゲ丸』を描き始めるときに、まずちゃんとした家族を作ろう。藤子先生や方倉先生と同じように、きちんとした世界観を作って描いてみようと思いました。
  実は『ハゲ丸』は予告もなしで連載がスタートしたんです。編集部も、あまり期待していないような雰囲気だった気がします。たった7ページだったし、自分でも人気なんか出るとも思わないで、ただガムシャラに気持ちをぶつけて描きました。
  初回掲載後の読者人気アンケートでも、速報の500票調査はやっぱり人気が芳しくなかった……ところが! その後、1000票調査の結果を見てみたら、人気急上昇!! 人気を取ろうとか、ウケようとか余計なことを考えず、ただガムシャラに自分の描きたいものを楽しみながら描く……そんな姿勢がよかったんじゃないかと思いますね。
  連載が始まってしばらくしてから、読者にアンケートをとったりしながら、どんなネタがウケるのかデータ化して、作品のヒントにしました。ハゲ丸の読者ページも盛り上がるようになって、人気をさらに上昇させてくれました。まんがも4コマだけでなく、5ページの短編を入れ込むような構成にして、ハゲ丸一家の活躍の場が大きく広がっていきましたね。

毎日24時間がアイデア探し……
ネタは生活の中から掘り起こす!


 連載が始まってしばらくは、4コマのアイディア出しだけで大変な作業でした。一回に30〜50本ぐらいアイディアを作って、編集者と相談しながらその中から十数本を厳選するというパターンでした
  そのころは毎日がネタ探しでしたね。散歩してるときは、人間ウォッチングと街角ウォッチング。買い物に行っても、喫茶店に入っても、電車に乗っても、頭の中は4コマのネタ探しでいっぱいでしたよ!
  そんな努力の甲斐あってか、ハゲ丸はコロコロで大人気! 「小学五年生」でも連載が始まって、他の学年にも広がっていきました。「小学二年生」の担当編集者は新入社員の女性でね、ぼく一人では思いつかないネタをたくさん出してくれました。ポシェットとか、ちょっとした小物なんかのアイデアをもらったおかげでハゲ丸がどんどんかわいくなっていきました。それでついには「てれびくん」、学年誌の小一〜小六を制覇!! もう、それって、『ドラえもん』並の連載でしょ!! 最盛期には、アシスタント3人といっしょにひたすら制作の日々でしたね。
『つるピカハゲ丸』には忘れられない思い出がたくさんあるんですけれど、その中でも特別なのが、「小学館漫画賞」の受賞とTVアニメ『つるピカハゲ丸くん』の放映。TVアニメの放映開始が3月3日だったんですが、何とその日は「第33回小学館漫画賞」授賞式の日だったんです。夕方6:50〜7:00、授賞式の後の2次会会場で、生でテレビを見たときの感激は一生忘れられません!!

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